2014.11.14

ムスタンの未踏峰 "Mansail 6242m" 冒険的登頂記 女子大生4人と過ごした40日間ムスタンの旅

谷口けい

 

ムスタンの未踏峰 "Mansail 6242m" 冒険的登頂記

女子大生4人と過ごした40日間ムスタンの旅

記)谷口けい

  これは、日本を出るのも初めての学生、学校と家族という安全で安心な世界から一歩出るのも初めての学生、そして勿論氷河なんて見るのも触れるのも初めてで、富士山より高い所へ行くのも初めての娘たちとヒマラヤの未踏峰を目指した、冒険的(珍道中)登頂記である。

 「学生女子だけの隊でヒマラヤに登りたいんです」

春のアラスカ遠征から帰国した翌々日、東京の街角での偶然の出会いからこの話は始まった。

日本山岳会学生部の女子遠征隊を結成して、ムスタンの未踏峰へ登ろうという計画が持ち上がり、今年ネパール政府がオープン(開放)した、100座ほどの新しいピーク(未踏峰)の何れかへチャレンジ出来ないだろうかと言う。それは面白い!開放されたばかりのピークならば、他の遠征隊に登られてしまう前に登りに行こう!早い者勝ち、登ったもん勝ち、である。

私自身、ムスタンは行ったことが無く、1991年に開放されるまではムスタン王国として外国人入域が禁止されていたという魅惑の地であった。

 

「氷河歩きで絶対持っていなきゃいけない装備って何だと思う?」「・・・ナイフ!」

メンバー達は、立山登山研修所での学生リーダー研修会で私が教えた経緯もあり、山に関する経験も技術も(遠征に行くにしては)ほとんど無いことも分かっていたが、その一方でヤル気だけは人一倍あるということを頼もしくも思っていた。そんなわけで、この女子学生ムスタン遠征隊にアドバイザーとして加わることになった。

(*氷河歩きで絶対持ってなきゃいけない個人装備は、アイススクリュー・スノーバー・アックス・クランポンです!)

夏の初めにこの話が決まり、出発は秋の初めで、十分な技術トレーニングが出来ないままのネパール行となった。しかしムスタンは遠い地、目的の山の麓に辿り着くまでに10日以上もトレッキングをしなければならない。高所順応も兼ねて、のんびりの行程だから、その途上で学生たちにヒマラヤ登山のいろはを伝えながら往く。

 

ヒマラヤ登山のいろは… “郷に入っては郷に従え”の法則で、ネパールの台所に倣っての食事をする、すべての音が筒抜けの安宿ロッジに泊まり、共同水場で頭を洗う、チベット仏教寺院に詣り、チベット人とバター茶を飲み交わし、砂塵に巻かれながら目指す山へと向かってロバと共に歩き続ける―― 下痢をするもの、熱を出すもの、吐き気や頭痛に悩まされたり、と順番に体調不良者が出る。

遅々とした歩みに、目的の山はちっとも近づいて来ない。幸か不幸か、そのお蔭でヒマラヤ登山のいろはについて、彼女たちはより多く学ぶことが出来たのかも知れない。

氷河を登りゆくときに必要な技術や道具、誰も未だ踏んだことのない土地を歩ける幸せ、道なき山を切り開いて往ける楽しみ、そして自分の命は自分で守らなければならないのだと言う冒険者たるものの教訓など、話しながら自分自身にも言い聞かせるのだった。

 

地図とGoogle Mapだけで登る山をイメージしてきた。目指すマンセイル峰はいったいどこにあり、どんな壁が待ちかまえているのか?

ムスタン王国の中心地、ローマンタンより先には何の情報もない。幾つかの川を渡り、ヤク(高所のみに生息する毛の長い巨牛)の放牧される荒野を越え、触れるごとに動く巨岩の積み重なった谷を遡り、生きて帰れるよう道標にケルンを積み、日本を出てから20日目に(恐らく)誰も触れたことのない氷河の末端に辿り着く。

 

「ハーネス装着した状態でトイレってどうする?」「練習しようよ」

氷河を登り、幾つかのクレバスを越えるとチベットの青空の下にマンセイル峰の岩壁が見えてきた。近い、と思ってからが遠い。氷河上を4人一本のロープに繋がってすすむ。女子4人だから、ロープに繋がったままトイレも一斉のタイミングでする。そのタイミングでオヤツも食べる。そうこうするうちに、チベット地方はいつだって青空の下にあると思っていたのに、モンスーン明け前の最後の嵐ともいうべき大雪が始まった。

「あの岩壁、登れるんだろうか」「雪は止まない気がするけど・・・」

白い氷河の上に、らくだの背中のように突き出たマンセイルの岩壁を、快適に登攀できると思っていたのに、結局はいつもの冬壁ミックス登攀(岩あり雪あり氷あり)となってしまった。

「こんなのどうやって登るの?」「楽しい~、もっと登りたい」「雪で何も見えないよ~」「寒い!」「早く登頂写真を撮って安全地帯へ帰ろう」

学生たちにとっては全てが初めての体験、それでも未踏のピークを踏み、ホワイトアウトの中の下山をこなして無事に氷河を降りきり、最終キャンプまで戻って来れたときの、生きてる幸せを実感している彼女たちの顔が忘れられない。

「無事に帰って来れて本当に嬉しいー!」「ここまで来てやっと登った実感が湧いてきたね」

 

私自身、何度もヒマラヤの地へ足を向けてきたけれど、このムスタン遠征でも新しい出逢い(発見)が幾つもあった。

カラフルなチベット仏教のストゥーパ(仏塔)、4000mでのムスタン・エーデルワイス、5000mで出会った不思議な植物、6000mの氷河上で出会った小動物の死骸(おそらくユキヒョウの子供?)、モンスーン明けと共に頭上を飛んだアネハヅルの南下編隊、そしてムスタンの片田舎に残された河口慧海の足跡。

幾つになっても、新しい出逢いと発見のある人生って素敵だなと、改めて思う。

 また、私達の帰国直後に、我々の遠征地の途上にあったアンナプルナ山群での大雪被害により遭難された方の冥福をお祈りいたします。

レポーター紹介
谷口けい
谷口けい

組織開発・人材育成プログラムファシリテータ、山岳ツアーリーダー、野外教育プログラムファシリテータ
大学時代はサイクリング部。キャンプ装備を装着して、日本中を旅しては山があると仲間を連れて登った。未知の世界と冒険の旅に憧れて、世界を巡る。
特別難しいことをやっているわけではなく、でも誰もやったことの無いことをやりたい。自分だから出来る冒険(チャレンジ)を、自分達なりのスタイルでやりたい。知らない土地で、知らない人や文化に触れ、自然に触れる。地球(大地も空も含めて)と対話することができて初めて、そこに座す山への一歩が踏み出せると感じている。

登山歴他:
2014 ネパール・ムスタンにて未踏峰マンセイル(6242m)登頂(日本山岳会学生部遠征隊)
2014 アラスカ・ルース氷河上流部にてオリジナルラインの登攀
2013 パキスタン・ディラン(7266m)西面から登頂、シスパーレ(7611m)南西壁試登
2011 中国西蔵自治区・ナムナニ南面~北面縦走(7694m)
2011 アラスカ・カヒルトナ氷河/Mt.フランシス、カヒルトナクイーン、カヒルトナピークス縦走
2009 中国西蔵自治区・ガウリサンカール東壁(6850mまで)
2009 パキスタン・キンヤンキッシュ東峰西壁
2009 アラスカ・カヒルトナ氷河
2008 インド・カメット(7754m/南壁初登/第17回ピオレドール受賞、よみうりスポーツ賞)
2008 アラスカ・ルース氷河Mt.Grosvenor他
2007 中国西蔵自治区・チョモランマ(8848m)
2006 ネパール・マナスル(8163m)
2005 中国新彊ウイグル自治区・ムスターグアタ(7534m/東稜第二登)
              インド・シブリン(6543m/北壁~北西稜初登)
2004 パキスタン・ゴールデンピーク(7027m/北西リッジ初登)
              パキスタン・ライラピーク(6200m)
2001 アラスカ・デナリ登頂(6194m)