2015.04.24

走作楽天 ~スペイン・グランカナリア島での春合宿編~

渡邊 千春

走作楽天 ~スペイン・グランカナリア島での春合宿編~

 チャプター1 ~「飽きるほど走る」~

 年男の今年、シーズン皮切りのレース舞台に選んだのは昨年の10月のインド洋に浮かぶマダガスカル島近くのレユニオン島で行われたGrand Raid Reunion(GRR)に引き続きアフリカ大陸に近い島です。Ultra-Trail World Tourの1つであるトランスグランカナリア(Transgrancanaria ”TGC”)というレースが、スペイン領カナリア諸島グランカナリア島で3月6日に行われます。距離は125㎞、登りの合計が8500m。東京近郊の山にはまだ積雪があり、山を走るトレーニングはほとんどしていませんが、常春と言われるこの島で春のトレラン合宿です。レースでの成績にあまりセンシティブにならずに「飽きるほど走る」ことが目標。海外のレースをこのように活用するのは初めてなので、新鮮な気持ちで2月28日(土曜日)に自宅を後にしました。成田発、ドーハ、マドリッド経由で予定通りグランカナリア島についたのが3月1日(日曜日)の夕方でした。レンタカーを借りて空港からグランカナリア島最大の都市ラスパルマス(Las Palmas)に取ったホテルまでの道もiPhoneの地図アプリを利用して無事到着。レユニオン島に着いたのがやはり日曜日でスーパーもレストランも空いていなかった経験から、当日の夜の非常食としてCliff barを機内持ち込みの荷物に入れていましたが、ラスパルマスの宿の前は繁華街でレストランもスペインのバルだけではなく、日本食、中華、アルゼンチンのステーキ屋まで選び放題でした。この島の情報が事前にあまり得られていなかったのですが、トレラン合宿は上々のスタートです。

下見で撮った写真。レース後半の砂漠のような乾燥地帯のトラバースの道です。

 滞在実質1日目となる3月2日、詳細な地図はまだ手に入れてなかったのですが、幹線道路図を基にTGC2015の大会ホームページにある、ざっくりしたレースコースを車でたどってみることにしました。ウルトラトレイルを走る前の準備で体調の管理とギアや補給の準備と同じくらい、レースのインテリジェンス集め(下見・情報集め)は重要です。これまではレースを走った経験のあるランナーの話を出発前に聞き、現地に同じく乗り込んだ日本人のランナーやサポーターの方と一緒にインテリジェンスを共有させていただいていましたが、今回はこれを私1人でやります。ざっくりとしたコースマップによればTGCは、GC60という道伝いにレースの後半約3割のコースが設定されているようです。コース上のサボテンフィニッシュ地点のマスパロマス(Maspalomas)は、気温が30度近くもあり、且つ砂漠のように乾燥しています。宿のあるラスパロマスは朝晩涼しく、日中も20度前後です。こういうのが大事な情報です。ゴールまでの約20㎞は標高300mを切る平地なので最後は暑さ、乾燥との戦いになりそうです。GC60は、自転車が沢山走っているScenic driveでした。日本でここまで自転車が入っている山道はないでしょう。例えるならツールドフランスの有名な山岳コース(ピレネーのトゥルマレ峠やプロバンス地方のヴァントゥー山)のような感じです。ロードレーサーに乗っているのは地元の人だけではなく、フランス語、イタリア語、ドイツ語が飛び交っていたのでヨーロッパ中のサイクリストが集まってくるようです。GC60も小高い山の尾根伝いを通っていますが、並行して走っている山をなだらかにトラバースしながらマスパロマスに向かう山道が見えます。TGCはここを走るのだろうと直感しました。さらにGC60を進むとアメリカのヨセミテ国立公園のような特徴的な山々が沢山見えてきます。中盤の本格的な山登りのセクションは、景観に元気をもらえそうです。山頂にモニュメントのような岩があるだけでなく、山の全体的な感じがスペインのアンダルシア地方とアメリカのカリフォルニア州にあるシェラネバダ山脈(名前は一緒)にそっくりでした。スペイン人は山の容(かたち)で植民地を選んだのか?ただ、モニュメントのある一部の山頂を除きほとんどの山に山頂付近まで民家や農耕用の道があり、なんとなく残念に思えました。これで初日のコース下見は終了です。この日は宿の近くの砂浜を夕方に2時間ほど走りました。

Roque Nublo 3月3日は、日本を発つ前に仕事が忙しかったことや前日の細い山道の長距離ドライブからくる疲労を癒すため、宿の近くでやや詳しい1/75000の地図やお土産を買い、ラスパロマスから走って行けるトレイルを約3時間走りました。3月4日は、初日の下見で気に入った頂上にヨセミテ公園のハーフドームのような巨大な岩があるロックヌーブロ(Roque Nublo1813m)に登ってみることにしました。レースでもここの近くを通るようですが、まさかこの山の頂上をレース中通りはずはないので1度は登っておこうとの思いでした。グランカナリア島のアウトドアのメッカと言われているテヘダ(Tejeda)近くの標高900mぐらいにある登山口の起点に車を停め、900m弱の急峻な登りを登りました。隣のテリフェネ島にあるテイデ山(3718m)や周囲に沢山あるモニュメントを頂く山々のパノラマが見渡せる山頂からの景色は、これだけの為でも遠路この島まで来る価値ありです。1時間近く山頂でぜいたくな景色を楽しみました。

 さあ、春のトレラン合宿もいよいよ大詰め、3月5日には、ゴール地点のマスパロマスでレース受付を終え、大会スタッフから必要な情報を聞きました。そして、レース当日。深夜11時スタートなので午前中はゆっくり過ごしました。前日の情報では82㎞地点のグラニョン(Granon)に荷物をデポジットできるが、デポジットする袋を当日ゴール地点で預けなければならないとのことです。グラニョンから先は、下りがちだし、レースの距離もウルトラトレイルとはいえ100マイルよりは40㎞程短い125㎞なので荷物をデポジットするかレース当日の昼過ぎまで悩んだのですが、今回の合宿の目標が「飽きるほど走る」ことなので、走り続けるためのギアを詰めた袋を作り、マスパロマスまでの往復をして袋預けましました。脚が完全に終わってしまった場合に備え普段使わないストック、岩場が多いコースなのでシューズが壊れた場合の替えのVasque SST(サイズはすでに80㎞以上走った後なので通常のサイズよりハーフサイズ大きめです。)。暑さと乾燥が最強の敵のレースだと下見で分かったので、ハイドレーションやベルトにつけるボトルの替え(何れもUltraspire製)などです。因みにゴールする時間にもよりますが帰りの交通費(バス代6ユーロ、予備のタクシー代100ユーロ)やクレジットカードも今回の大事な携行品です。脚も十分には出来ていないのでテーピングもミニマムにしました。着地の衝撃からくる負荷を分散し脚をフィニッシュまでどんな状態になっても動ける状態で保つためです。「さあ、できる準備は全部した」と思った矢先、bibをつける安全ピンを持って来ていないことに気が付きました。そういえば、ホテルの近くに中国人のやっている雑貨屋があったはずと思い、出かけてみると案の定安全ピンが売っていました。部屋に帰って安全ピンでビブを短パンに貼りつけてみると、走っている間に安全ピンが簡単な衝撃で壊れそうなほど弱そうでした。ならば、ビブの四隅だけじゃなく全面的に沢山の安全ピンで短パンに貼りつけよう。これで準備完了!さあ、宿から20㎞ぐらい東にあるスタート地点のアガエテ(Agaete)へ向け、いざ出発!

チャプター2 ~春合宿の締め~

 スタート地点のあるアガエテ(Agaete)は港町です。スタート前の盛り上げは港近くの絶壁にプロジェクションマッピングをする都会的な面と打楽器の演奏のローカルな面があり、とても良い雰囲気でした。さらに、この大会を歌詞にしたラップで一挙に盛り上がります。「グランカナリア、山でっけー」みたいなことを繰り返すだけですが、スタート前、表彰式で大活躍でした。満月の下、午後11時にレースはスタートしました。朝7時ぐらいの夜明けまでの8時間はとにかく動き続けようと決めました。あまりトレーニングをせずにこのレースに臨んだのにはもう一つ理由があります。脚力に頼らず、重心の高い安定したランニングフォームを維持できれば、長い距離を楽に走れるはずだという仮説を試す為です。GRRでも効率的なフォームを意識して走破しましたが、さすがにGRRは2014年の目標のレースだったので事前にそれなりの量のトレーニングをして臨みました。GRRを走り終えた後の身体へのダメージが少ないなど完走して得られた結果は良好でしたが、事前のトレーニングの成果かフォームの改善が効いたのか良くわかりませんでした。

 夜間のコースは不整地といっても主に農作業の道でした。足元やシングルトラックのトレイルに身体に触れんばかりにサボテンが沢山自生していてスリル満点です。月明かりに照らされた森のシルエットが遠目にも綺麗に見えました。エイドステーションも良く組織だって作業をしていました。2つ目のエイドステーションであるティルマ(Tirma)で水分補給をし、トイレに寄ったところで愕然としました。なんと短パンの上からビブを止めた沢山の安全ピンが、短パンの紐まで縫い付けているのです。安全ピンをすべて外して、付け直すと15分ぐらいかかるような作業に思えました。工夫すれば短パンの上げ下ろしは出来るし、何とか腰パンで短パンはそれよりした下には落ちないようなのでそのまま進むことにしました。同じくティルマで気が付いたのですが、予想以上に口と喉が渇きます。通常1Lの水があれば特別の場合を除いてエイドステーション間で足りなくなることはないのですが、このレースでは1.5Lでも不安でした。その先のエイドステーションやコースは、あまり記憶がありません。通常のレースでは絶対最後まで口にすることが出来るオレンジまでヴァレセコ(Valleseco、50㎞)というエイドステーションで吐いてようやく記憶が戻っています。朝日が出始めたテラー(Teror、57㎞)というエイドステーションでちょっと長めの休みを入れましたが、こんな状態でもここまで約8時間足を動かすことができたことには満足でした。行けるな、このランニングフォーム!!

 テラーから登りだすと徐々に山々が見えだします。日の出とともに体調が復活することもこれまでのウルトラトレイルレースではあったのですが、今回それはなさそうです。しかし、この景色は想像した通り先に進む力になりました。靄がかかりあまり直射日光を受けずにすんだのも幸運でした。さもなければ、本格的な脱水症状になっていたでしょう。いよいよテヘダのエイドステーションからロックヌーブロが近づいて来ました。2日前と同じ登山口から、どうやらロックヌーブロに登るようです。山頂手前のスタッフが「Enjoy Roque Nublo!  This is a control point.」ってなんとレース中にこんな凄いところに立ち寄るんですね。それを事前に知っていたら二日前に無理して行かなかったのに!しかし、この日、テイデ山は見えませんでした。やっぱ、2日前に登って良かった! 

 ロックヌーブロから先も素晴らしい景観のトレイルが続きます。朝日が出ても体調が回復しないと悟ったテラーから残り70㎞ですから、この素晴らしい景色の連続はかけがえのないものでした。更に、Amino(スペイン語で頑張れ!)、Muy Bien(同じく素晴らしい!)と声をかけてもらえるのが新鮮で、そのスペイン語の声援を受け続けたいという気持ちも、小康状態をたもったものの脱水症状に苦しみながら前進するエネルギーになりました(これまでの海外のレースは、ほとんどフランス語の環境でした。)。グラニョン(82㎞)のドロップバッグステーションでは、パスタを食べながら自然に10人弱のグループになりました。その1人1人との会話も力を与えてくれます。

 2000m弱の最高地点(85㎞地点)からほぼ下りですが、急峻な山が多い日本でも見たことのないような角度の長いガレた下りから林道のなだらかな下り等、バラエティに富んだ地形が続きます。110㎞のArtearaというエイドステーションは、事前に下見をした場所です。ここに到着したのが2日目の16時45分過ぎ(時計をしていない私は、仲間に知らされました。)。残り約20㎞、頑張れば20時間を切れると誰かが言いだし、そこから再び競技モードに復帰しました(20時間を切ると特別な盾があるとのこと。)。仲間と、事前の下見通りの緩やかにトラバースする道を抜きつ、抜かれつ。レースに参加している訳だし、これもありです!結局20時間を10分ほど切ってゴール、20時間切りを達成できた仲間もいれば、惜しくもできなかった仲間も皆でゴールで称えあいました。レースじゃなければ一生会うことも無い世界中のランナーと一生の思い出が作れました。またしても、素晴らしい自然のステージで素晴らしい経験をすることが出来ました。走りながら何回も短パンを引っ張り上げたのも良い思い出です!

 春合宿を通して様々な経験が出来ました。軽いトレーニングのみで臨んだレースでしたが完走できて、身体へのダメージもほとんどありませんでした。やって良かったです、飽きるほど走った春合宿!今年も良いスタートが切れました。Adios Gran Canaria!

レポーター紹介
 渡邊 千春
渡邊 千春

外資系企業で働きながらも、UTMBなど海外レースをはじめ数多くのトレイルレース、イベントで活躍中のビジネスマンランナー。親子でトレイルレースへの参加やアルプス山行などトレイルを楽しむ。