荷物を積んで歩くように水面を旅するSUP「ハラ ギア」
キャンプ道具とビールを載せて、日本の川をのんびりと旅する。SUPのいいところは、ジャボンといつでも水の中へ飛び込んで、なにごともなかったかのように旅を続けられることだ。
アメリカ西海岸の潮風が心地よいおしゃれな街……ではなく、コロラド州はロッキー山脈の麓の小さな田舎町で生まれたSUP(スタンド・アップ・パドル)ブランド「ハラ ギア(HALA Gear)」。
泡立つ激流を下るダウンリバーSUPとして産声をあげたハラは、いまやアメリカを代表する総合インフレータブルSUPブランドである。
そんなハラを輸入販売するにいたった経緯を、A&F会長の赤津孝夫さんに聞いてみた。
「アウトドアにおいて、カヤックなどのウォータースポーツの文化ってすごい重要です。アメリカがそうですけど、サイクルスポーツとマウンテニアリング(登山)、そしてウォータースポーツ、これらがアウトドア界の3本柱になっています。自転車を漕いで、山にも登って、カヤックにも乗る。四季を通してあらゆるフィールドに身を置いて自然を感じることが、アウトドアスポーツの思想であり、理想的な遊び方といえるでしょう。それをサポートするのがA&Fの役目だと思っています」
A&Fはこれまで、カナダ生まれのフォールディングカヤック「フェザークラフト」の輸入販売を長年続けてきた。そんな名艇フェザークラフトによって、A&Fは日本のアウトドア界におけるウォータースポーツシーンを牽引してきたといっても過言ではないだろう。しかし、2015年本国カナダでの経営が傾き、フェザークラフトそのものが消滅することになった。これはA&Fのみならず、世界中でエクスペディションな旅を続けるすべてのカヤッカーにとって衝撃的な出来事だった。
アウトドア界の3本柱のひとつ、ウォータースポーツの火を絶やさないためにA&Fはフェザークラフトに代わるブランドを探しはじめた。フェザークラフトよりも優れたフォールディングカヤックはない。ならば、カヤックならぬ新しい乗り物へ視野を広げるしかない……。そんななかで、A&FはSUPに着目していった。
山口県の錦川を歩くように旅する。SUPはカヤックよりも視界が高いので、眺めがよく、次の瀬を容易に確認できる。弱点は向かい風に弱いことだ。
ハラ ギアへと話題を展開するまえに、SUPの歴史についてちょっと触れておこう。
SUPはハワイのトップサーファーたちの手により、1960年頃に生まれた新しいマリンスポーツだ。ロングボードの上に立ち、パドルを漕いだのがSUPの原型といわれる。その最大の特徴にして目的は、水面をスピーディーに、長い距離を移動できること。SUPの登場によって、サーファーたちはいままで拾えなかった沖の波を拾うことができ、波がない凪いだ海でもパドルを握ってツーリングを楽しむようになった。こうしてSUPはサーフィンから派生して、万人に開かれたウォータースポーツのひとつとして浸透していった。
「4、5年前から世界的にSUPは流行っていましたが、サーフィンとかヨガというスタイルばかりで、なんかしっくりきませんでした。やっぱり旅の要素を含んだツーリングをベースにしたいという思いが強くあって。それで、根気よく探していたらハラ ギアが引っかかったんです。調べてみると、できてわずか3年という若いブランドで、ホワイトウォーターのロデオ風SUPからツーリングSUPまで、幅広いモデルを展開していました」
もともとハラ ギアのスタッフたちは、コロラドの激流を下るプロのカヤッカーだった。SUPで激流を下ってみようというチャレンジ精神が「リバーSUP」という新たな遊びを生み、自分たちが納得できる遊び道具をという探究心からハラが生まれた。
岩がゴツゴツした激流を漕ぎ抜けるため、作りが堅牢で、波を切るロッカーシェイプの形状が美しい。SUPの艇底には直進性をだすためにフィンを取り付けるのだが、隠れ岩にあたっても壊れにくいふにゃふにゃのフレックスフィンを採用している。また、荷物を固定するバンジーコードを通すDリングは3重の素材で補強。足裏の力を逃さずに四方向へと伝えるひし形のトラクションパッドなど、プロの遊び手としてのリクエストを商品に妥協なく反映している。
ハラ ギアの十八番、ホワイトウォーターSUP。急流が多い日本の川にマッチする遊びだ。ハラは日本のガイドにすぐ受け入れられ、いまや日本中の川で見られるようになった。写真はリバーガイドの平間和徳さん。
その激流下りで培ったスペックを、長い距離を移動できるツーリングモデルへも落とし込んでいく。こうして海をおもなフィールドとして親しまれていたSUPは、川へと可能性を広げていったのだ。
「ハラ ギアはインフレータブル式なので小さく収納でき、さっと背負って、旅と絡められる理想的なものでした。フェザークラフトの代わりとはいわないまでも、これはウォータースポーツをはじめる呼び水にはなるかもしれないと思って、2016年の春に声をかけたのがはじまりですね」
商品が売れる売れないよりも、ウォータースポーツの火を絶やしてはいけないという社会的使命感と理想的会社像、新しい遊びを日本に紹介したいというパイオニア精神のような強い気概がひしひしと伝わってくる話だ。
日本ではまったく認知されていないツーリングSUP。道具を輸入しただけでは売れないので、遊び方、必要な道具、注意点などをパッケージとして提案しなくては。
「なんのツテもなく、SUPの“さ”の字も知らない状態でスタートしました。でもフェザークラフトという下地があったので心配はなかったですね。なにしろまわりには水遊びのプロが大勢いましたから。マーケットって自分たちで作っていくものだと思うんです。だからうちのスタッフにも『乗ってみなよ』と誘って、メディア関係者や小売店にも声をかけ、ハラユーザーをどんどん増やしていきました」
ハラ ギアの本社はコロラドの山の中。コロラド川とその支流、山上湖やダム湖など数多くのウォーターフィールドにめぐまれている。
「ピーター・ホールという人が社長で、すごく穏やかなアメリカ人っぽくない人なんですけど、周りにいるスタッフは髪の毛が緑だったり、ピンクだったりして(笑)、すごく元気があるブランドですよ。コロラドって海はないけど、川はいっぱいあって、急流のセクションをSUPで立って下る。彼らは、その激流を下るダウンリバーSUPの第一人者です。岩に当たっても割れないようにエアで膨らませるインフレータブルにこだわった。そして付属のバックパックに小さく収納して、旅にも、山にも持っていけるSUPにしました。SUPではいまもっとも成長しているブランドだと思います」
付属のバックパックにはSUP本体、フィン、ポンプ、ライフジャケットなど道具一式を入れることができる。背負うもよし、底のローラーを使ってガラガラ引っ張るもよし。
SUP業界におけるハラ ギアの快進撃は続いており、2017年はカーボンシートを用いたインフレータブルモデルを開発した。カーボンのシートをSUP本体の表と裏に張って、荒波にも負けない剛性を高めると同時に、推進力と安定性を高めた革新的なモデルを世に送り出したのだ。
ツーリングモデルの表と裏には幅20㎝ほどのカーボンシートが内蔵される。カーボンシートは本体の剛性を高め、足裏からのパワーを逃さず推進力に変えてくれる。SUPの本体はいずれも片手で持ち上げることができるほど、軽量だ。モデル名はナス12.6。
「カーボンなのにくるくると折りたためるという画期的なシステムです。彼らは本気で遊んで、自分たちが納得いくものを作っている。取り扱いをはじめた2016年に、本国のスタッフがみんなで日本にやって来ました。日本の川をあちこち下って遊んで、ガイド仲間をたくさん作って、ムービーを撮って帰っていった(笑)。そのツアーのおかげで、日本のリバーガイドにもハラの知名度が一気に広がりましたね」
41年という歴史のなかで、自転車やカヤック、パックラフトなど自分の力だけで移動できる旅の手段を提案してきたA&F。ここで新たにSUPをいう仲間が加わった。
日本のフィールドでのSUPの可能性はまだまだ未知数だ。それをユーザーとともに探求していく。ユーザーとともに育てていく。フェザークラフトの代わりとしてではなく、ハラ ギアがハラ ギアとして輝くその日まで。
ハラ ギアのSUPは全19モデル! フィールド別に細かくカテゴライズされるSUPのラインナップを見ていると、彼らの遊びへの本気度が伺える。
(文=森山伸也 写真=大森千歳、A&F)
*このページは、A kimama(www.a-kimama.com)にて、2018年に連載の「A&F ALL STORIES」を掲載しています。