100年の積み重ねから生まれた「バスク」のフィット感
長く、なだらかなトレイルを歩くハイキングやバックパッキングは、広大な国土を持つアメリカを代表するアウトドア・アクティビティのひとつ。多くのブランド同様、バスクもまた、こうしたトレイルから生まれた。
「アメリカの国立公園に行くと、レンジャーがみんなサンダウナーを履いているんですよね。それがカッコよくて、自分でも手に入れて履いていました。個人的にも好きなブランドだったので、じつは何度かアプローチしたんですよ。でも、なかなかウンと言ってくれなくてね」
バスク(VASQUE)との出会いをたずねると、A&Fの赤津孝夫会長はそんな風に話しはじめた。
サンダウナーは、バスクが1984年に発表したオールレザーのバックパッキングブーツ。のちにアメリカの国立公園で働くパークレンジャーのオフィシャルブーツとなる、バスクを代表する名作だ。
放浪者を意味するサンダウナー(SUNDOWNER)は、1984年にデビューした。アッパーには2.4mmレッドウイングレザーとゴアテックスを使用。レッドウイングは革自体のメーカーでもあり、その製品は業界内で高く評価されている。赤津会長曰く「革にはとても誇りをもっていますね。ビーフは日常的な食べ物でもあるし、革を取った後の肉も食べます。無駄を出さないし、こだわりも強い。“靴に使うなら何歳の牛のこの部分"というように、用途もすべて決まっています」。ちなみに、アウトドアで使用する靴には、加工しやすく丈夫な2歳から3歳の若い牛の背中の革を使っている。「サンダウナーGTX」
ブランドがスタートしたのは1964年。ワークブーツ&シューズのメーカーとして知られる「レッドウイングシューカンパニー」のアウトドアフットウェア部門として立ち上がった。スタート時は旅人を意味する「ボイジャー」と名乗っていたが、商標の問題でこの名前が使えなくなり、'71年にコロラド州の山「Fort Vasques(フォート・バスケス)」にちなんだ「VASQUE(バスク)」へと名前を変えた。
「レッドウイングはミネソタ州の田舎町で、町の名前がそのままメーカーの名前になったんですね。他には何もないような小さな町です。100年以上の長い歴史があるメーカーで、革のなめしから自分たちのところでやっています。昔ながらのレンガ造りの工場がいまも動いていて、親子3代で働いているなんていう人もいます。バスクも、アメリカでアウトドアをやる人は誰もが知っていますが、そういう伝統があるブランドだからか、つきあってみるとけっこう保守的なところがありました」
なかなか首を縦に振ってくれなかったのは、長い歴史をもつ堅物だったから? 何がきっかけで流れが変わったのか。
「古くからの知り合いで、ジョージ・ブラウンさんというアメリカの靴業界では神様みたいな人がいるんですが、あるときジョージさんがバスクのグローバルセールスマネージャーになったんです。それで、“お前のところでやらないか"って声をかけてくれた。渡りに船と飛びつきましたよ(笑)」
ジョージ・ブラウンは、トレイルランニングシューズで知られる「モントレイル」の前身「ワンスポーツ」を創設したメンバーのひとり。いわば、トレイルランニングシューズの生みの親のような人物で、モントレイルで長く最高責任者を務めたのちにバスクに移ってきた。赤津会長とはワンスポーツ時代からの知り合いだという。A&Fは多くのブランドを扱っているが、会長の交友関係から仕事に発展していったというケースが少なくない。話を聞いていると、毎回のように、その顔の広さに驚かされる。
靴のデザインは用途によって変わる。つまり、元となる足型も、それぞれに合ったものが必要となる。たとえば、トレイルランニングを走るなら力強い蹴り出しを可能にする非対称のセミカーブ形状、長距離を歩くなら締め付けすぎないストレートな形状が快適性につながる。バスクは現在、靴の用途に合わせて10種類のラストを使い分けている。
「ジョージさんが入ったことで、バスクはトレランシューズにも力を入れはじめて、それがちょうどトレランが盛り上がっていくタイミングとも重なって、日本でもブランドの名が知られるようになりました。ただ、バスクの本質はトレランシューズではなくて、ハイキングシューズにあると思っています」
アメリカには、なだらかな地形を長く歩くハイキングやバックパッキングの文化が古くから根付いていて、そのための靴も充実している。具体的にいえば、サポート性は重厚な登山靴ほどではないが、そのぶん軽く、柔らかく、歩きやすい靴。バスクが得意とするのもこのジャンルだ。
アウトドアといえば「登山」が中心的なアクティビティとなる日本では、アウトドアの靴といえば、長らく“硬く、頑丈な"登山靴が定番だった。しかし、登山も近年は多様化してきた。オーソドックスな縦走登山だけでなく、軽さを武器にしたウルトラライトハイキングやスピードを生かしたファストパッキング、トレイルランニングなど、より多くの人が、さまざまなスタイルで山を楽しんでいる。遊び方が変われば、それに適した靴も変わる。登山用品専門店の靴売り場にも、幅広いモデルが並ぶようになった。
ライバルひしめくなか、バスクの強みは優れたフィット感にある。多くの人種がいるアメリカのマーケットで、長年に渡って靴を作り続けてきたレッドウイングのノウハウが、それを実現した。
「日本人の足は甲高だんびろなんて言って、アメリカの靴なんて合わないと言われていましたが、バスクは大丈夫でした。20年以上前に買った僕のサンダウナーも履き心地はすごくよかった。レッドウイングはワークブーツの会社ですから、足に合うことの大切さをよく知っていたんですね。古くから積み重ねた、膨大な数のユーザーの足のデータを大切に保管しているんです。いまでいうビッグデータですよ(笑)。多くの人種が集まる国だから足型もさまざまだし、そういう多種多様なデータを元につくった足型だから、より多くの人にフィットするんだと思います」
バスクは、基本となる平均的な足のカタチを元に、アクティビティによって異なる靴のはたらきに合わせた足型(ラスト)をつくっている。たとえば、長距離を歩くための靴なら、中足部をフィットさせながらトゥボックスを広めにした「パーペチュームラスト」。凹凸が激しいトレイルで俊敏な動きを求めるランナーやハイカーのためのシューズなら、パワフルな蹴り出しができる非対称のセミカーブ形状をもつ「アークテンポ+ラスト」。ほかにも、重い荷物を持って長距離を歩くことを想定した「サミットラスト」や、アーチの高さやかかとのボリュームを女性専用に設計した「スイッチバックラスト」など、現在10種類のラストを揃えている。
(上)クッション性とサポート性、プロテクション性をバランスさせて日々のロードの練習からロングトレイルまで幅広く対応するトレイルランニングシューズ。かかとから6mmつま先をドロップさせて、フォアフット〜ミッドフット着地を意識した長距離向けの「AR6ラスト」を使用。「トレイルベンダー2」 (下)日帰りのハイキングやクライミングのアプローチ、マウンテンバイクをはじめ、タウンユースにも違和感がないマルチスポーツチューズ。スエードレザーにポリウレタンコーティングを施したアッパーは防水性も高い。足の動きにレスポンスよく反応する「アークテンポ+ラスト」を使用。「ジャクスト」
アウトドアにおける靴の重要性は、ここであらためて触れるまでもないだろう。自分の足に合ったいい靴は、どこまでも歩いていけるような気分にさせてくれる。100年の積み重ねが生み出すフィット感とはどんなものか、次に足元を新調するときには、ちょっと試してみよう。
【文=伊藤俊明 写真=伊藤 郁、A&F】
*このページは、A kimama(www.a-kimama.com)にて、2018年に連載の「A&F ALL STORIES」を掲載しています。