2013.09.09

GREENLAND EXPEDITION 2013

立本 明広

40kg近い装備を担ぎ、海抜0Mから氷河を目指す。

極北の洗礼

その日、10年ぶりに訪れたグリーンランドの氷河は高曇りの雲の下、静かに白い塊を横たえている。それは粘度の高い液体のようにゆっくりと重力にまかせ流動する巨大な有機物のようだ。われわれ7人は10年前と比較して明らかに後退しつつある氷河の舌端を目指して40kgほどのバックパックを喘ぎながら担ぎ上げている。振り返れば、急峻な岩峰に囲まれるように伸びるフィヨルドが鉛色の鈍い光を放ち、近づきつつある不吉なストームを暗示しているようにも見える。

4日前、食料などの補給基地としたカンガミュートの集落をカヤックで出発し、丸1日フィヨルドを遡行しながら、雪が少ないといわれている今シーズンのグリーンランドの中でも、比較的雪が堆積し日射の影響を受けづらい北寄りの斜面を目標としていた。やがて、われわれのカヤックはフィヨルド独特の両岸が屹立した岩壁の間を漕ぎ進み、氷河により削られたU字渓谷がフィヨルドに達した場所に上陸地点を定めた。

カンガミュートを出発する直前に地元の天気予報を確認し、およそ4〜5日後に大きなストームが来ることを示唆する情報を得ていたのだが、ストームの後のフレッシュスノーに期待し、ベースキャンプを氷河上に設置することを決めていた。なにしろ、ストームが去り再び晴天が続けば、またすぐに雪が死んでしまう可能性があるだけに、われわれが求めている斜面に極力最短時間でアプローチ出来る場所での滞在は必須であったし、そこが氷河上であることは間違いないように思われた。

上陸地点からフル装備のバックパックを担ぎシールで登行することおよそ5時間、右側から張り出した岩稜を巻くと目指す氷河の舌端が見えてきた。予想していたこととはいえ、次第に風が強くなりつつある。われわれは吹きさらしのだだっ広い氷河上のベースキャンプ設置はあきらめ、舌端付近の何とか風雪から逃れられそうな、雪壁と岩盤の端境目でストームをやり過ごすことを決めた。

翌朝4時前、寝ている私の左頬を轟音とともに何者かがテントの外側から強く押し付けてくる。たまらなく目を覚ますと、強風はテントのフライシートをプロペラ機のターボプロップエンジンばりに変化させ、今にもテントを押しつぶさんばかりの力で覆い被さっている。深夜、念の為テントの張り綱を張り直したからもう少し耐えられるだろうという気持ちと、シュラフの温もりに動けずにいたその時だった。

隣のテントから「ああっ、潰されたあ!!」と叫び声が聞こえた。

シュラフを這い出し、外へ飛び出してみると、隣のテントは無惨にもポールが折られ、折れたポールがテント生地をズタズタに引き裂いていた。引き裂かれたテントの穴から時折ヤマキとケニアさんの必死の形相が見える。慌てて3張りのテントのうちヤマキ達とわれわれのテント2張りを撤収にかかるが、テントは風に猛烈に煽られ、1cm程の小石が混ざった砂や氷が風上からひっきりなしに飛んできて撤収を難航させた。やっとの思いで2張りを撤収し、うまく風をかわしていた場所に建てられたテント1張りに7人全員なんとか逃げ込み、身動きもろくに取れないほど密着したテントの中でひたすらストームが通過するのを待つしかなかった。

ストームが去った後、開放感と周囲のロケーションを堪能する。

 この日、トリップに出て5日目にして貴重なテント1張りを失ってしまった。まあ考えようによっては、2張り失わずに済んだことを「幸運」と思えばいいだけのことではあるが...。いずれにしても自分たちの判断の甘さからテントを潰してしまったが、改めて自分たちの置かれている状況、自然の中に身を置き生活するとはどういうことなのかを再認識させられる良い機会となったことは間違いない。

レポーター紹介
立本 明広

日本山岳ガイド協会登攀ガイド。1996年より北海道に移住し、山岳ガイドとして活動を始める。世界中の辺境の地をスキーと共に旅することをライフワークとしている。

山岳ガイドオフィス「ノルテ」
http://www.norte-sapporo.com/